『
WEDGE Infinity 2013年09月25日(Wed)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3184
多発する暴力事件に経済の凋落
深まる中国の混乱
本コラムでは、筆者も今までさまざまなテーマに即して自分なりの中国分析を行ってきた。
今回の原稿は、少し趣旨を変えて、別の書き方で中国情報を伝えようと思う。
筆者が色々な中国情報を素材に使って何かを分析を行うのではなく、むしろ素材を素材のまま伝えることで、今、中国で何かが起きているのかを伝えたい。
■各地で暴力、腐敗事件
たとえば、今年の8月と9月に中国で起きた下記の3つ事件を見ただけでも、中国社会の嘆くべき現状がよく分かる。
8月28日、中国の各メデイアは、内陸都市の蘭州という町の真ん中で起きた事件を伝えた。
一人の男がバスの停留所で人前も憚らず堂々と立ち小便したところ、周りの人々はいっせいに怒り出して、「小便男」を殴ってついには殺してしまった。
傍若無人のマナー違反と白昼堂々の暴力が罷り通るこの国、社会秩序はもはや崩壊寸前ではないのか。
9月19日、天津市の地元紙の「天津日報」が報じたところによれば、中国天津市の一部の病院の産婦人科で、看護師が親に断りなく、新生児にある特定メーカーの粉ミルクを勝手に飲ませていたことが発覚したという。
なぜそんなことが起きているのかというと、要するに看護師たちはこのメーカーからリベートをとっていただけの話である。
この国では、「腐敗」はもはや一部高官の特権ではない。
社会の末端にまで広がっているのである。
そして9月20日、次のような吃驚仰天の事件も発生した。
北京市海淀区のある病院で、階段から転んで怪我を負った人が、「先払いのお金がない」との理由で診療を拒否された。
患者が抗議すると、医者が暴力を振るった。
挙げ句の果てには、医者・病院職員と患者家族との大乱闘にエスカレートした。
首都の北京でさえこの有様。
この国では、人間の心が完全に壊れていることはよく分かろう。
■中国の経済界を震撼させた香港発のニュース
心の崩壊と同時進行的に、経済の凋落と崩壊も順調に進んでいるようである。
それを象徴するいくつかの出来事を紹介しよう。
たとえば8月29日、浙江省民間企業「諦都集団」会長の林作敏氏が逃亡先で捕まった一件がある。
彼は「影の銀行」を作って一般人から13億元(208億円)の資金を集めて大規模な不動産投資を行ったが、見事に失敗。
債務から逃れるために林氏の選んだ道は、すなわち夜逃げであった。
しかしそれも結局失敗して拘束される身となったのである。
ちなみに、拘束された時の彼の所持金はわずか30元(500円)。
9月に入ってから、香港発のあるニュースが中国の経済界を震撼させた。
香港一の大富豪で実業家の李嘉誠一族が、大陸と香港にある不動産などの資産の53億ドル分を売却して中国ビジネスからの撤退を着々と進めていると報じられた。
機を見る敏で天下一品の彼が中国から身を引くということは、この国におけるバブル崩壊の前兆であると、誰もがそう見ているのだ。
たとえば中国屈指の不動産開発大手の「万科集団」会長の王石氏は自分の微薄(ミニブログ)で、
「それは信号だ。われわれも気をつけよう」
とつぶやいた。
中国から逃げ出そうとしているのはもちろん李嘉誠だけではない。
8月20日付の産経新聞の記事によると、今日本国内では、中国に進出している中小企業を対象に開催されている「中国撤退セミナー」が、参加者キャンセル待ちの大盛況であるという。
多くの日本企業もやはり中国経済の危うさに気づいて撤退を考えようとしているのである。
■「中国経済悲観論」を説く専門家も
もちろん日本人だけでなく、中国人自身もその危うさをきちんと認識している。
たとえば最近、「中国経済悲観論」を力説するような専門家が国内でも増えている。
8月25日、広東省社会科学院総合開発研究センターの黎友煥主任は新聞に寄稿して、
①.不動産バブル・
②.地方債務・
③.影の銀行
という3つの爆弾を抱える中国の金融システムは、
3年以内に局部的構造的危機が爆発する
と予言した。
9月中旬、中国の深圳大学教授で、国家発展と改革委員会(中央官庁)顧問の国世平氏は、国内経営者向けの講演の中で不動産価格の暴落を予言した。
「皆様はお持ちの不動産物件を一日も早く売り捌いた方が良い。
一軒も残さずにして」
と助言したという。
この人は1997年、香港の不動産暴落を予言して的中した実績があるから、今回の予言も見事に当たるのではないかと思われる。
9月19日、「21世紀経済報道」という新聞紙に江蘇省銀行監査局の局長を務める経済官僚が論文を寄稿した。
その中で彼は、
中国は今まで紙幣を濫発して成長を促した
その結果、経済全体がバブル化し、成長モデルが限界にぶつかり、全面的危機が迫って来ていると論じた。
中国の官僚でありながら真実をよく語ってくれた、と感心するほどである。
実際、まさにこの鋭い経済官僚の予測する通り、中国経済の「全面危機」は日々迫って来ている状況である。
国内紙の『毎日経済新聞』は9月11日、北京、上海、広州、深圳などで複数の商業銀行が住宅ローン業務を停止した、という大変ショッキングなニュースを伝えた。
数日以内に多くの国内メディアも同様に報道したことから、それは事実であろうと思われる。
そしてそれから一週間、成都・重慶・済南・南京・洛陽・合肥などの地方都市でも、多くの商業銀行が住宅ローン業務の停止あるいは貸し出しの制限に踏み切ったと報じられている。
金融不安が拡大している中で、中国の商業銀行は保身のためにリスクの高い不動産関係融資から手を引こうとしているのだが、そこから起きてくる一連の連鎖反応は実に恐ろしいものだ。
住宅ローンが停止されると、当然不動産物件の買い手が急減して不動産が売れなくなる。
不動産が売れなくなると、いずれか不動産価格の暴落が起きるだろう。
暴落すれば銀行の不良債権はさらに膨らみ、金融不安の危険性はよりいっそう高まる。
そうすると銀行はさらなる保身策に走り、益々お金を貸さなくなる。
その結果、不動産市場はさらに冷え込み、企業活動も萎縮してしまう。
中国経済はこれで、果てしない転落の道を辿っていくのである。
■「民衆の口を塞いではいけない」
経済の話はこれくらいにして、最後一つ、政治面での注目すべき動きを紹介しよう。
9月2日、中国共産党直属の中央党校の発行する機関紙の『学習時報』は、ある衝撃的な内容の論評を掲載した。
論評を書いたのは中央党校の宋恵昌教授である。
中国周王朝きっての暴君の厲王が民衆の不満の声を力ずくで封じ込めた結果、自分自身が追放される憂き目にあったという故事を引用しながら、「民衆の口を塞いではいけない」と説いた内容だが、昨今の中国の政治事情を知る者なら、この論評の意図するところは即時に理解できたはずだ。
まさに今、習近平党総書記の率いる党指導部は、ネット世論を中心とする「民衆の声」を封じ込めようと躍起になっている。
今月4日、国営新華通信社の李従軍社長が人民日報に寄稿して
「旗幟鮮明に世論闘争を行う」
と宣言した一方、軍機関誌の解放軍報も同じ日に
「ネット世論闘争の主導権を握ろう」
との論評を掲載した。
党と軍を代弁する両紙が口を揃えて「闘争」という殺気の漲る言葉を使って、
ネット世論への宣戦布告を行っている。
こうして見ると、上述の学習時報論評は明らかに、党指導部の展開する世論封じ込めに対する痛烈な批判であることがよく分かる。
論評はその文中、
「いかなる時代においても、権力を手に入れれば民衆の口を塞げると思うのは大間違いだ。
それが一時に成功できたとしても、最終的には民衆によって権力の座から引きずり下ろされることとなる」
と淡々と語っているが、誰の目から見てもそれは、現在一番の権力者である習近平総書記その人に対する大胆不敵な警告なのである。
当の習総書記がこの論評に目を通せば、ショックの大きさで足元が揺れるような思いであろう。
本来なら、自分の親衛隊であるはずの中央党校の教師に、面に指をさされるような形で批判されるようでは、党の最高指導者の面子と権威は無きもの同然である。
そして、中央党校の2人の教師が同時に立ち上がって党指導部に反乱の狼煙を挙げたこの事態は、
習近平指導部が党内の統制に失敗していることを示していると同時に、
共産党は思想・イデオロギーの面においてすでに収拾のつかない混乱状態に陥っている
ことを如実に物語っている。
このようにして、道徳倫理が堕落し腐敗が蔓延して、経済も凋落しているのに加えて、
政治も大変な混乱状況に陥っているのがまさに今の中国の姿である。
こうした中で、あの李嘉誠氏でさえ中国からの全面撤退を進めているのだから、日本の経営者たちも、いわゆる中国ビジネスのあり方をもう少し慎重に考えた方が良いのではないだろうか。
石 平(せき・へい) 中国問題・日中問題評論家
1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒業。1988年に来日。神戸大学文化学研究科博士課程修了。2002年に『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)を著して以来、評論活動へ。近著に『私はなぜ「中国」を捨てたのか』(ワック)『日中をダメにした9人の政治家』(ベストセラーズ)などがある。
』
『
WEDGE Infinity 2013年10月03日(Thu)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3212
胡錦濤が掲げた「科学的発展観」は
アンチ習近平の旗印?
3中全会を前に垣間見えた政権の不協和音
2013年9月30日、中央政治局会議が開かれ、「科学的発展観の学習綱要」という文書を検討し、党全体に配布することが決まった。
習近平総書記を含む中国共産党の序列上位25人で構成される中央政治局の会議では、かなり重要な決定が行われる。
そのような会議で、「科学的発展観」が議題になったのだから、ただ事ではない。
「科学的発展観」とは、2005年10月に当時の胡錦濤総書記が掲げた言葉である。
高度経済成長から持続可能な成長への転換、経済格差や環境汚染などの問題解決、民生分野の改善、「調和社会」の構築といった胡が目指したことの総称である。
それでは、この会議を中国共産党中央の機関紙『人民日報』はどう伝えたのだろうか。
■「科学的発展観」の貫徹、実現を強調
2013年10月1日付同紙は1面でこの会議を報じた。「科学的発展観」について、以下のように言及している。
<<<<<<<<
「
各地域、各部門が『科学的発展観学習綱要』の学習実践をしっかりつかみ、
★.脳の武装、
★.実践の指導、
★.工作の推進
に力を入れなければならない
」
「
科学的発展観を
★.マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『3つの代表』重要思想と結びつけ、
★.マルクス主義の経典、著作と結びつけ、
★.党史国史の学習と結びつけ、
★.第18回党大会の精神と中央の重大な政策の決定、手配と結びつけ、
たえず科学的発展観に対する理解を深め、
★.道路(方向性=佐々木注)の自信、
★.理論の自信、
★.制度の自信
を高め、
★.思想と行動を第18回党大会の精神と中央の重大な政策の決定、手配と統一させ、
★.智恵と力を小康社会(ややゆとりのある社会=同)の全面的な構築完成、
★.中華民族の偉大な復興という中国夢の実現に凝聚させなければならない
」
「
★.学習を深めることを通じて、さらに自覚的に経済社会発展を第一の意義とし、
★.さらに自覚的に人を基本とすること(中国語で「以人為本」)を核心的立場とし、
★.さらに自覚的に全面的で協調的な持続可能性を基本的な要求とし、
★.全体的な計画の中で各地域や個別の利益を合わせて考慮することを根本的な方法とし、
★.たえず科学的発展観の貫徹、実現の自覚性と確固性を高めなければならない
」
「
★.当該地域、当該部門の工作の実際と幹部、大衆の思想の実際を緊密に結びつけ、
★.科学的発展観をわが国の近代化建設の全過程で貫徹し、
★.党建設の各方面で体現し、
★.改革、発展、安定という重大な問題、
★.大衆の生産、生活での差し迫った問題、
★.党建設の突出した問題を真剣に検討し、
★.中央の重大な決定と配置を貫徹し、
★.経済社会発展を推進する上で、
★.たえず新たな進展と新たな成果を獲得しなければならない」
>>>>>>>>>>
■「科学的発展観」が議題になる異常な事態
「科学的発展観の学習綱要」を党全体に配布するということは、各地方や各部門に対し「科学的発展観」を学習するよう指示するということである。
2012年11月に総書記に就任してからの習が「科学的発展観」に言及する機会は多くない。
新しいリーダーが権威を確立するために前任者を否定することはよくあることである。
目指すところは胡と同じであっても、習近平にしてみれば前任者の代名詞を使いたくはない。
さらに、習は総書記就任直後に、「科学的発展観」に取って替えるかのように「中国の夢」というスローガンを打ち出した。
今ではその言葉は習の代名詞として定着している。
また、今年6月からは「党の大衆路線教育実践活動」という政治キャンペーンを展開し、各地方や各部門に習の発言、演説の学習を指示している。
これも習の求心力を高めることが目的である。
このように習が自らの権威を高めるための「仕掛け」を進めている最中に、党の重要な会議で「科学的発展観」が議題になり、しかも「学習綱要」という文書が作成された。
さらに胡が好んで使った「人を基本とする(以人為本)」という言葉も登場した。
これは普通の事態ではないと思わざるを得ない。
■胡錦濤の逆襲か
この会議の記事を見たとき、1つのことが頭を過ぎった。
2002年に総書記に就任した胡も、前任者の江沢民の代名詞とも言える「『3つの代表』重要思想」への言及をできるだけ避け、江が推し進めた高度経済成長を否定するかのように2004年に「『調和社会』の構築」というスローガンを打ち出した。
それに怒った江の部下で当時党の序列5位の曾慶紅らは2005年5月に「共産党員の先進性保持教育活動」という政治キャンペーンを打ち出し、「『3つの代表』重要思想」の実践を指示した。
同年10月に胡は「科学的発展観」を提起したが、曾らの政治キャンペーンは2006年6月まで続いた。
今回の「科学的発展観の学習綱要」が一瞬、習に対する胡の逆襲かと勘ぐった。
しかし、記事は「党史国史の学習」や「中華民族の偉大な復興という中国夢の実現」といった習の考え方にも触れており、習の方向性を真っ向から否定しようというものではない。
むしろ「科学的発展観」と習の方向性の結びつきを強調している。
そして何より今の胡に当時の江のような政治的な影響力はないだろう。
そのため、胡の逆襲というよりは、中央政治局内に存在する習への抵抗勢力の動きのように思われる。
党の序列9位の張高麗副総理が9月23~24日の第4回全国新彊支援工作会議での重要演説で「科学的発展」に3度も言及したことを同月25日付『人民日報』は報じていた。
■3中全会に向けた習近平と抵抗勢力の駆け引き
総書記就任以来、「中国の夢」、「党の大衆路線教育実践活動」、綱紀粛正、さらに7月の湖北省視察で見られた李克強総理を差し置いた経済運営への過剰な介入など、
自らの権威を高めるための習近平の矢継ぎ早のパフォーマンスに対する不満が中央政治局内にあってもおかしくない。
実際、7月の「党の大衆路線教育実践活動」のスタート時、序列上位7人からなる中央政治局常務委員の足並みは乱れていた。
『人民日報』には習以外の6人の関連報道はなく、白けムードが感じられた。
現在、11月開催予定の会議「第18期3中全会」で採択される極めて重要な今後の改革案の策定は大詰めを迎えている。
しかし中央政治局内での利害対立もあり合意は容易ではない。
このタイミングで「科学的発展観」が中央政治局会議の議題となったことは、抵抗勢力への習の歩み寄りか。
それとも抵抗勢力のさらなる不満表出か。
いずれにしても、
「科学的発展観」は、胡の代名詞ではなく、すでに抵抗勢力にとってのアンチ習の旗印となったのかもしれない。
佐々木智弘 (日本貿易振興機構アジア経済研究所東アジア研究グループ長)
1994年慶應義塾大学大学院博士前期課程修了、同年アジア経済研究所入所。北京大学、復旦大学、中国社会科学院の客員研究員を経て、現在日本貿易振興機構アジア経済研究所東アジア研究グループ長。共著に『習近平政権の中国』(アジア経済研究所)、『現代中国政治外交の原点』(慶應義塾大学出版会)。
【トラブルメーカーから友なき怪獣へ】