2013年11月22日金曜日

極東アジア有事を引起こす中国の海洋進出:日本有事と極東有事は同時に起こる

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JB Press 2013.11.22(金)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39185

極東アジアの有事を引き起こす中国の海洋進出
日本は米国の軍事力低下を補わなければならない

 中国が海洋進出に当って、主敵と考えるのは米国である。
 それは、本年6月に訪米した習近平国家主席が、米中首脳会談で表明した「新しい大国関係」、すなわち2大大国(G2)論や「太平洋には両国を受け入れる十分な空間がある」との発言、そして中国がかつて太平洋を米国と共同で管理しようと提案したことなどに端的に表れている。

■中国の主敵は米国、そして日米同盟

 他方、米国は、中国の海洋進出を抑止すべく、ピボット(pivot)あるいはリバランシング(rebalancing)によってアジア太平洋重視の戦略に転換するとともに、日米同盟の下、
 日本をアジア太平洋地域における「要石(キー・ストーン)」と位置づけ
 「日本有事」(安保条第5条事態)における共同防衛のみならず、「極東有事」(同第6条事態)における不可欠な作戦・兵站基地としての重要な役割を期待している。

 つまり、中国の海洋進出の最大の障害は米国であり、
 そのアジア太平洋戦略を中心となって支える日米同盟であることは議論の余地がなかろう。

 真の同盟とは、共に相手国の国益と自主性を尊重しつつ、全面的・一方的な依存関係ではなく、必要に応じて相互に援助し協力し合う体制でなければならない。

 その点を踏まえ、目下、我が国では、中国や北朝鮮などの脅威の顕在化に実効的に対応するため、集団的自衛権を容認し、同盟を相互協力・相互依存の本来あるべき関係に修正して、その片務性を解消すべきであるとの意見が強まっている。

 そして、元防衛大臣の石破茂自民党幹事長は、11月6日の民間放送の番組で、
 集団的自衛権の対象国をフィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナムを例示して、
 中国の海洋進出を防ごうとしている共通の課題を持った国にも拡大すべきとの考えを示した(この背景には、アジア太平洋地域における米軍のプレゼンスの低下という問題があろう)。

 上記の議論は、日本の安全ならびに極東における国際の平和及び安全を維持する上で、極めて的を射たものであり、その具現化が切に望まれるが、その新たな要求に対して現有の自衛隊の能力・態勢をもって十分に対応できるのか、との疑問が生じてこよう。

 なぜなら、米軍の「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」と日米共同作戦の無力化を策しつつ発動される中国の軍事作戦は、大きな広がりをもち、「日本有事」と「極東有事」を同時並行的に引き起こす可能性が高いからである。

■中国の国家目標と軍事戦略:
 焦点は、日本~台湾~フィリピン~ベトナム

 中国の国家目標は、江沢民総書記以降、特に強調して述べられるようになったが、
 「中華民族の偉大な復興」
である。

 「中華民族の偉大な復興」とは
①.「漢民族中心の国家建設」ならびに「富強(富民強国)大国の建設」であり、
②.時期的には中国共産党創設100周年に当たる2021年を中間目標とし、
③.最終目標は中華人民共和国創建100周年に当たる2049年
としている。

 「中華民族の偉大な復興」の地理的範囲は、明らかではない。

 平松茂雄氏は、著書「中国の安全保障戦略」(勁草書房)の中で、
 「少なくとも現在の中国を支配している中共指導者には、現在の中国の国境線を自国の主権の及ぶ領域、すなわち領土とは見ておらず、
 漢民族が過去において支配した地域は『中国の領土』あるいは『中国の版図』であるという意識が強く存在する
と述べている。

 そして、
 「中国が帝国主義列強より奪われたと主張する領土地図」には、
 樺太、
 ハバロフスク州、
 沿海州、
 朝鮮、
 西北大地(現在のカザフスタン、キルギス、タジキスタンの一部)、
 パミール高原、
 ネパール、
 シッキム、
 ブータン、
 アッサム、
 ビルマ、
 タイ、
 マラヤ、
 ラオス、
 ベトナム、
 カンボジア、
 アンダマン諸島(インド、)
 スル諸島(フィリピン)、
 台湾、
 琉球諸島
の中国周辺一帯にわたる地域が記載されており、中国共産党およびその指導者には
 「それらの地域を取り戻すという一種の『失地回復主義』ともいうべき考え方がある
と指摘している(P73~P77)。

 それを実証するかのように、西太平洋への進出を図る中国の軍事戦略は、西日本~沖縄~台湾~フィリピン~ベトナムに連なるいわゆる第1列島線を占領あるいは制圧し、それを作戦基盤として第2列島線まで支配地域(海域)を拡大しようとしていることは、すでに周知のところである。

 この際、中国は、主敵の米国の行動を封じるため
 大陸に移動式ICBM(大陸間弾道弾)を配備しつつ、確実な対米核報復力(第2撃力)を確保する必要から、
 南シナ海を内海化・聖域化してSSBN(弾道ミサイル原子力潜水艦)を同海域に潜伏させる
ものと見られている。

 このため、南沙・西沙群島などの島嶼部の支配に全力を傾け、また、国際法を無視して中国のEEZ(排他的経済水域)内における外国軍艦・軍用機の「航行の自由」を実力で阻止するなど、南シナ海海域から外国の軍事力を完全に排除する作戦に出ることは、火を見るよりも明らかである。

 この際、日本が西日本から南西諸島一帯にわたって中国軍の進出を確実に阻止している場合には、
 中国は、南シナ海と東シナ海の接合部に位置にする台湾を手に入れない限り、南シナ海の聖域化も、
 「不沈空母」としての台湾を足がかりに、
第1列島線を突破して太平洋に進出することも困難である。

 中国にとって台湾の統一は、西太平洋まで覇権を拡大して米国と肩を並べる軍事的超大国になるための前提条件の1つであり、台湾を「核心的利益」と主張する理由もそこにある。
 台湾の帰趨は、
まさにアジア太平洋地域の戦略構造を左右するとも言うべき極めて重要な問題である。

 同時に、フィリピンのルソン島およびその北部の島嶼並びにルソン海峡・バシー海峡にも同様の軍事的関心が向けられるのは間違いなかろう。

 他方、朝鮮半島では、「中朝友好協力相互援助条約」(1961年)に基づき、北鮮軍が中国の軍事行動に策動して韓国あるいは日本への軍事作戦を発動し、在韓米軍の牽制抑留やミサイル、特殊部隊、サイバーなどの攻撃によって在日米軍および自衛隊に対する妨害活動を行う可能性は極めて大きいと見なければならない。

 朝鮮戦争を一緒に戦った中国と北朝鮮は、両国が「唇歯の関係」あるいは「血の友誼」と公言する通り、切っても切り離せない関係にある。

 この条約には、いずれかの締約国が武力攻撃を受けて戦争状態に陥った場合、他方の締約国は直ちに軍事上その他の援助を与えるという「参戦条項」が定められている。

 中国が、アジア太平洋地域におい軍事作戦を行う場合には、北朝鮮は必然的に参戦することが条件となっているのである。

■「日本有事」と「極東有事」は同時に起こる

 我が国では、中国の軍事行動の対象を尖閣諸島に限った論調や、中国が日本を単独で侵攻するケースに特化した見方が多く見られる(尖閣諸島奪取は、あくまで中国の海洋進出の前哨戦に過ぎない)。

 しかし、前述の通り、中国の主敵が米国であり、日米同盟であることを考えれば、その海洋進出を図る軍事作戦は、少なくとも日本、朝鮮半島、台湾、フィリピンやベトナムなどのASEAN(東南アジア諸国連合)を巻き込んだ広範な地域に及ぶことは当然予測しておかなければならない。

 つまり、中国の海洋進出を目的とした軍事作戦は、「日本有事」(安保条第5条事態)と「極東有事」(同第6条事態)を同時に引き起こす事態となるのである。

 この際、我が国が、集団的自衛権を容認してそれを行使するに際し、対象を「日本有事」における米国との共同防衛に限定せず、同時に生起する可能性の高いASEANなどを巻き込んだ「極東有事」における関係国支援にまで拡大する場合に、果たして現有の自衛隊の戦力・態勢でその任務役割を十分に果し得るのか、との基本的な疑問が生じるのは必定であろう。

 重ねて強調するが、現在行われている集団的自衛権に関する論議は、極めて的を射たものであり、その具現化が切に望まれる。

 しかるに、集団的自衛権の問題と併せて、自衛隊の戦力や態勢に係わる論議が政治の場でなされているのか、はたまた国民はその論議に関心を持ち合せているのか、大いに懸念されるところである。

■低下する米国の軍事的プレゼンスと「極東有事」における限界

 米国国家情報会議編の「GLOBAL TRENDS 2030」は、中国が軍事力を拡大するなかで、太平洋からインド洋を含めた全世界の海路(シーレーン)で米国が握ってきた覇権が揺らぎ始めており、
 「2030年までに米国が『世界の警察官』としての役割を果たせなくなる、もしくは放棄すると、世界秩序は否応なく不安定になり」、
 「国家間の紛争が勃発する可能性は高まり、・・・『大国』が絡んだ国家間の争いが起こる可能性がある」
と指摘している。

 今日、米国は、中国の覇権拡大にともない、ピボットあるいはリバランシングによってアジア太平洋地域を重視した戦略態勢への転換を進めている。

 しかし、今年3月から発効した「歳出強制削減」によって、米国防予算は10年間で約5000億ドル(約46兆円)、年換算で我が国の防衛予算の1年分(平成25年度4.68兆円)に相当する額の大幅な削減を求められており、アジア太平洋地域における戦力増強やその運用を縮小せざるを得ない事態に追い込まれている。

 チャック・ヘーゲル米国防長官は、7月30日の国防総省における記者会見で、
 「『米議会が強制削減の見直しを行わなければ、海軍の空母11隻のうち最大3隻が運用停止になる』と述べて、即応戦力の維持に強い危機感を示した」(8月2日付産経新聞)。

 国防総省の強制歳出削減にともなう「戦略的選択・管理の見直し」と題する報告書では、陸軍54万人(2013年2月現在)が現削減目標の49万人よりさらに7万人少ない42万人にまで削減されるなど、大規模な削減の可能性があることを明らかにしている。

 その米国は、次図の通り、極東(アジア太平洋地域)だけでも、日本、韓国、台湾、フィリピン、タイ、オーストラリア、ニュージーランドとの間で安保条約や相互防衛条約などを締結している。



 北朝鮮の南進に対しては、在韓米軍へのさらなる戦力増強(在日米軍からの増援を含む)が必要になるであろう。

 隣接する我が国の防衛に直接重大な影響を及ぼし、第1列島線防衛の「核」となる台湾や、軍事力の弱体なフィリピンへは、強力な軍事支援が必要であろう。

 さらに、南シナ海の「航行の自由」を確保し、インド洋に至るシーレーンを防衛するには、相当の軍事力を投入せねばならないだろう。

 このように、「極東有事」の際には、これら諸国との同盟上の義務を果たし、地域の安全を確保しなければならないが、この先、米国による圧倒的な軍事力の優位性が崩れるならば、中国や北朝鮮の動きを封じ込めることが困難になるのは明らかである。

 しかるに、米国自身が、国家予算の縮小に伴ってアジア太平洋地域におけるプレゼンスや即応態勢の維持に重大な危機感を抱くようになっている。

 このため、「極東有事」に際しては、低下しつつある米軍事力を多くの援助対象国に分散運用する必要性から、同盟国へのコミットメントが手薄にならざるを得ない状況も懸念されており、とりわけASEANによる集団的自衛権の問題を含めた日本への役割の期待は、急速に高まりつつあるのである。

■米軍のプレゼンスの低下で、自衛隊の戦力・態勢の強化は不可避

 我が国の防衛力は、在日米軍と有事来援する米軍との共同防衛を前提として、日本の防衛に必要最小限の防衛力を目標に整備されてきた。
 その防衛力も、過去10年余りにわたる一貫した防衛予算の削減によって、大きな戦力低下を招いている。

 そのうえ、在日米軍が、例えば朝鮮半島、台湾あるいはASEANへ転用され、また、有事来援する米軍が縮小されるなど、米軍との共同作戦によって日本を防衛するという前提条件が大きく崩れる可能性を十分に想定しておかなければならない。

 つまり、我が国は、中国や北朝鮮による脅威が顕在化するなかで、いよいよ
 「自分の国は自分の力で守る」
を基本とした自助自立の国土防衛の体制を強化する必要に迫られており、何よりもその確立が最優先の課題である。

 この際、本稿では特に触れなかったが、我が国にとっては歴史的脅威であるロシアによる機会主義的行動の可能性に対して、常に必要な備えを怠ってはならないことを付言しておきたい。

 同時に、アジア太平洋地域において低下しつつある米国の軍事的プレゼンスを補うため、日米同盟を基軸としつつ、両国による地域安定化のための共同努力が求められる情勢になっている。

 具体的には、特に中国の海洋進出を防ごうとしている共通の課題を持った国々との安保・防衛協力の積極的推進であり、集団的自衛権の拡大的容認であろうが、国土防衛のための必要最小限の防衛力を目標に整備されてきた自衛隊の現有戦力・態勢では、明らかにその任務役割を果たすことはできないとの冷厳な現状認識が必要である。

 このため、日米両国は、早急に、日米ガイドラインの見直しを通じて、お互いの戦略の再調整に着手しなければならない。

 そして、「日本有事」および「極東有事」が同時併起する場合の共通シナリオを設定し、それを基に共通戦略目標を立て、自衛隊と米軍の役割(Role)・任務(Mission)分担を見直すとともに、我が国は大幅な能力(Capability)増強に踏み出し、また、自衛隊の行動の裏づけとなる関係国との防衛協力協定を締結して、寄港(航)地の確保や兵站支援などの態勢を整備・造成することが必要である。

 この際、第1列島線の「核」となる隣接する台湾の防衛は、我が国の防衛に直接重大な影響を及ぼすため、死活的に重要である。

 このため、台湾の特殊な地位を考慮して、日本版「台湾関係基本法」(仮称)を制定するなど、政治決断をもって平時から防衛協力を推進できる体制を整備することが必要である。

 なお、現在、安倍政権は、年末に向けて「国家安全保障戦略」と、それに基づく「防衛計画の大綱」の策定作業中である。
 他方、集団的自衛権の問題解決と日米ガイドラインの見直しは、来年にずれ込むと伝えられている。

 しかし、これらの諸計画は、全て関連しており、総合一体化に解決されるべきでものあるので、今後その整合がどのように図られるのか、注目していかなければならない。

樋口 譲次 Johji Higuchi 元・陸上自衛隊幹部学校長、陸将
昭和22(1947)年1月17日生まれ、長崎県(大村高校)出身。防衛大学校第13期生・機械工学専攻卒業、陸上自衛隊幹部学校・第24期指揮幕僚課程修了。米陸軍指揮幕僚大学留学(1985~1986年)、統合幕僚学校・第9期特別課程修了。
自衛隊における主要職歴:
第2高射特科団長
第7師団副師団長兼東千歳駐屯地司令
第6師団長
陸上自衛隊幹部学校長
現在:郷友総合研究所・上級研究員、日本安全保障戦略研究所・理事、日本戦略フォーラム 政策提言委員などを務める。




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