2013年11月23日土曜日

中国軍の時代錯誤な世論誘導:軍のご意見番が主張する「新たな戦場」

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●親米から転換 アメリカとの交流が中国をむしばむと警告 Istockphoto


「WEDGE Infinity」 2013年11月22日(Fri)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3369

中国軍の時代錯誤な世論誘導:軍のご意見番が主張する「新たな戦場」

インターネットの普及は堅固を誇ってきた中国の一党支配体制に大きな打撃を与えているようだ。
 中国の共産党政権はここ数年多発する集団騒擾(騒乱)事件の火消に追われ続けている。
 騒擾事件に発展する前に世論の統制にも力を入れている。
 しかし、携帯電話によってネットに接続できるようになったことで誰もが政治に対して意見表明できるチャンネルを獲得したのである。
 市場化やインターネットの普及によって共産党の独善的な考え方、やり方に反発も増えてきた。
 個人の権利や財産が重視されるようになったことで国家や党への従属的な意識が薄れ始めたのだ。

 しかし、その一方で共産党政権はといえば依然として指導部の政治思想を官僚機構全般に学習、浸透させようと莫大な費用を費やして必死にプロパガンダを展開している。
 軍を巡るプロパガンダも同様である。
 共産主義のイデオロギーにより理論武装した解放軍は中国社会において依然、政治思想面でも指導的役割を担っている。

■「イデオロギーの陣地を占領せよ」

 このほど軍の機関紙『解放軍報』に軍の幹部養成大学である国防大学の劉亜洲将軍による文章が掲載され、その激しさからイデオロギー面でも軍の動揺が窺えることからこの文章を紹介したい。
 「しっかりとイデオロギーの陣地を占領せよ」という文章だ。

 劉亜洲将軍は軍における最高ランクである上将の位を持つ将軍(2012年7月に昇格)のうちの一人であり、かねてから軍の最高指導部である中央軍事委員会入りするのではないかと目された人物でもある。
 今回(習政権が成立直後の2012年11月)はその機会を逃したものの、依然「ご意見番」として中国内外から注目を浴び続けている。

* * *

【2013年10月15日 解放軍報(抄訳)】

 習近平総書記は、イデオロギー工作は党の極めて重要な任務であり、党の前途、運命、国家の統治安定、民族が統合する力を左右すると強調した。
 わが軍は党の指導の下にある軍隊であり、イデオロギー工作をしっかりおこなってこそ我が軍が終始、党による指揮を受け、勝てる戦いを遂行し、人々に奉仕することを確保できる。

 積極的、戦略的に主導権を握り、イデオロギー工作を行わなければ、相手に鼻を明かされるだろう。
 イデオロギーの分野では西側が強く、我々は弱く、敵側が攻勢で、我々は守勢に立たされている。
 相手側が常にアジェンダ設定を行い攻勢をかけ、我々は対処に追われる羽目になり、防御もままならない。
 このままいくと問題発生も不可避だろう。
 だから知恵を絞り、視野を広く持ち主導権を握ることが大切だ。

 また戦略的な判断能力を向上させる必要もある。
 政権を転覆させる危険はどこから来るのか深く研究し予知能力を高めることである。
 外部から来る一切のイデオロギー面の攻撃に対して予防措置を講じ、我々自身が主流の価値観が覆されないように、そして党の歴史、軍の歴史、革命の歴史に泥を塗られないようにして党や国の基本制度が歪曲化されないよう早めに対策を打って安定力を保持しなければならない。

 我が国は史上まれにみる発展を成し遂げ、16世紀以来、西側諸国が世界の支配的地位を占めてきた情勢を書き換え、グローバリゼーションにおける辺境から中心へと躍り出た。
 しかし、ここで自分のイデオロギーを確固として守り、舞い上がったり、足並みが乱れることがあってはならない。

★.インターネットがイデオロギー闘争の主戦場に

 主導的にアジェンダ設定の権利(中国語では「話語権」と新しい固有名詞として使われるが、国際社会において自分で重要事項を設定して国際世論をリードするという意味:筆者)を獲得しなければならない。
 イデオロギーのやり取りは実質的にアジェンダ設定の権限を持つことなのだ。
 だれがアジェンダ設定権を持つかで民衆をリードすることができるかが決まる。
 歴史が示すのは、国や政権、軍隊にとって制空権、制海権そして情報権を握ることが「ハードな戦いを勝つ」うえで重要だ。
 しかし、もしアジェンダ設定権を失うなら「ハードな戦い」以前の問題であり、国の分裂を意味する。

 ある人が1960年代に誰がメディアの紙媒体を握るかでアジェンダ設定の権限を持つか決まる、と言ったことがある。
 1990年代以前には誰がテレビメディアをコントロールするかがアジェンダ設定の権限を有することを意味した。
 新世紀に入ると、誰がインターネット、特にマイクロブログをコントロールするかでアジェンダ設定権を持つかが決まる。
 今日のインターネットはイデオロギー闘争の主要な戦場となっており、西側の敵対勢力は中国を転覆させようとしている。
 アジェンダ設定権獲得を目指すために世論のあり方と情勢の変化を重視し、新しい理念や手段を兼ね備えなければならない。

 信念を持ち続ける必要があるが、イデオロギーの核心が信念だ。
 深刻なイデオロギー闘争で負け戦を重ねるのは人々が迷信や権力、金銭、人間関係にほだされて共産主義を信じなくなっているからだ。
 つまり共産党人としての信仰を持っていないのだ。
 イデオロギー闘争における勝利とは、執政党の崇高な指導の下に本当の民意を反映させた路線政策を引き出し敵対勢力が和平演変を図ろうとも徒労に終わらせることだ。

 西側には最近一つの論調がある。
 「亡党者は共産党」というものだ。
 我々党員は信仰を失ってしまい学んだものと考えることが違うようになってしまった。
 思ったことと言っていることが違い、言っていることとやっていることが違う。
 果ては私利私欲で動き、人のために奉仕せず、民衆を食いものにする。
 我々党が誕生してからというもの、マルクス主義が自身の旗の上に書いているように、人民への奉仕が神聖な主旨であり、共産主義確立の最高の理想だった。
 今日我々は信仰を高く堅持し、前を向いて進むだけでなく、来た道を振り返り、歴史を鑑として「初心、忘るべからず」に振る舞う必要がある。

* * *

【解説】

 中国人民解放軍を誇る作家将軍による御題目である。
 このような精神論が市場経済の恩恵を受けている「八〇後」と呼ばれる1980年代生まれ、「九〇後」と呼ばれる1990年代生まれの若い兵士たちに通じるのだろうか。

 こうした疑問はさておき、劉亜洲将軍は軍きっての理論家であり、作家でもあり、そして物言う将軍でご意見番として一目置かれる存在である。
 ところがこうした保守的な意見を吐くとはどうしたことだ。

 一つには軍を巡る厳しい世論とそうした環境に置かれた軍の苦境があるかもしれない。
 10月30日のコラムで軍が汚職にまみれ、民衆から離れた存在になることへの懸念を示した将軍の主張を紹介したばかりである。
 習近平指揮下の軍隊として解放軍が効率の良い機能的で清廉潔白な軍であるために汚職撲滅を図っていることは報道される通りだ。

 もう一つは解放軍ならではの政治的に社会をリードする軍の役割がある。
 共産党の軍隊である中国人民解放軍を巡り「党の軍に対する絶対指導」というフレーズが繰り返し強調されるのは、政治思想的に堅固で党へ忠誠を誓う側面がある一方、軍が政治をリードする側面もある。
 軍こそが共産主義の親衛隊だ、と言わんばかりに政治将校たちが保守的な主張を繰り返すのはそのような自負があるためだ。
 劉将軍がイデオロギーの陣地を占拠せよ、と意気高々に主張するのもそうした考えがあるからだろう。

 IT時代に入り、共産党や軍は反政府的な監視を強める一方で、世論を自分たちの思う方向に誘導しようという考えが出てきた。
 政治教育やプロパガンダに力が入れられるのはそのためだが、いまだにこうした時代錯誤的なやり方が通じると思っているということだろう。
 それともそれ以外の選択肢が見当たらないのか。

■不明な点が多い主張

 劉将軍は習近平国家主席にも近いとされ、この文章でも軍の立場からイデオロギー面で習政権を援護していると捉えることもできる。
 時期的にも習近平が党中央の宣伝会議でイデオロギーの重要性を強調したことを受けてかもしれない(このスピーチは「819講話」として学習が呼びかけられている)。

 ただ注意すべきは劉将軍が主張するイデオロギーが一体何なのかが触れられていない点だ。
 毛沢東や鄧小平、江沢民、胡錦濤といった歴代の指導者には一切触れず、共産主義云々をしているだけだ。

 また「話語権」(アジェンダ設定する権限)というもののいったい何を主張したいのかも不明である。
 通常、中国の保守派が主張するのは三権分立や民主化といった「普遍的価値」反対であったり、儒教的な、個人よりも家族や共同体を尊重するような、中国から「普遍的価値」を主張しようという動きである。
 劉将軍はこうした主張にさえも触れていない。
 単にネットの言論空間をコントロールして有利な状況を作り出そうと言っているに過ぎないのだ。

 「開明的」な将軍として誉高い劉亜洲将軍だが、その理由のもう一つは彼の夫人が李先念元国家主席(故人)の娘ということもある。
 現在、中国人民対外友好協会の会長も務める李小林女史は盛んな民間外交の旗手としても評判で、訪日経験も豊富でその太子党としての出自から「習近平主席の密使」と目されたりもする。
 習主席や李総理が外国からの民間人の訪問団と会見する場によく同席している。
 そのように国際情勢に通じた夫人を持つ劉将軍であるからこそ「しっかりとイデオロギーの陣地を占領せよ」という強硬な発言に不思議な違和感を禁じ得ないのだ。

 ちなみにこの劉亜洲将軍。先に閉幕した3中全会にも昨年秋に選ばれた党の中央委員205人のうちの一人として改革案の審議に参加し、劉鶴(国家発展改革委員会副主任で習主席の経済政策ブレーンと目される)、劉源(軍総後勤部政治委員)といったメディアに注目を浴びる人物と並んで座っていたのが印象深い。


弓野正宏(ゆみの・まさひろ) 早稲田大学現代中国研究所招聘研究員
1972年生まれ。北京大学大学院修士課程修了、中国社会科学院アメリカ研究所博士課程中退、早稲田大学大学院博士後期課程単位取得退学。早稲田大学現代中国研究所助手、同客員講師を経て同招聘研究員。専門は現代中国政治。中国の国防体制を中心とした論文あり。



ニューズウイーク 2013年12月3日(火)17時34分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/12/post-3122_1.php

共産党にくすぶる冷戦願望
The New Chinese Paranoia
[2013年11月19日号掲載]

反米映像のネット流出で中国の被害妄想が露呈
開放政策を続ければソ連の二の舞いと警告するが
J・マイケル・コール(ジャーナリスト)

 中国共産党はこのところ欧米、特にアメリカを繰り返し批判してきた。
 冷戦的思考に縛られて米中関係を損ない、アジアにおける安全保障を弱体化させている、と。
 しかし先日ネットに流出した中国側のプロパガンダ映像によれば、実は冷戦こそ党にとって必要で欧米との接触は毒薬に等しいと考えているらしい。

 少なくとも党内の保守派はある程度同じ考えのようだ。
 党はこのところ欧米の価値観や文化が中国社会に及ぼす悪影響について警告し、対抗措置として規制を強化している。

 問題の映像『較量無声(声なき戦い)』は中国国防大学や人民解放軍総参謀部、中国社会科学院などが共同制作したドキュメンタリー。
 制作責任者には国防大学の劉亜洲(リウ・ヤーチョウ)政治委員(党の「八大元老」の1人だった李先念(リー・シエンニエン、元国家主席の娘婿)や王喜斌(ワン・シーピン)校長らが名を連ねている。

 興味深いのは劉が10年に人民解放軍のシステムをアメリカ式に改革しなければソ連の二の舞いになると発言し、軍における改革派と目されていたことだ。
 それが昨年7月に空軍上将に昇進した途端にこの変わりようでは、軍に改革派が存在するのか、存在するとしてもどの程度影響力があって長続きするのか怪しいものだ。

 映像は米シンクタンクから電子音楽や高級ブランドまで欧米的なものをやり玉に挙げ、中国社会を「洗脳」し中国を内部から破壊する陰謀だと非難。
 「アメリカのエリートは中国を解体するには、緊密な協力関係を通じて徐々にアメリカ主導の国際的・政治的体制の中に取り込むのが一番だと信じ切っている」
という劉の発言を紹介している。

 非難の矛先は香港のイギリスとアメリカの総領事館にも向けられている。
 映像によれば総領事館の「桁外れ」の規模は中国の内部に浸透し内側から揺さぶるためで、毎年6月に行われる天安門事件の犠牲者追悼集会など大規模な集会の背後にも姿が見え隠れするという。

■米外交のソフト面が怖い

 米中関係改善の証しであるはずの過去1年間の軍事交流までが、信頼醸成措置ではなく「中国解体」の陰謀の一環と見なされている。
 陰謀説の底流を成すのは、積極関与というアメリカの対中戦略のソフト面のほうが軍備というハード面以上に危険、という考え方だ。

 映像は中国の「開放政策」批判ともいえるもので、欧米との接触を戒めるのが制作側の狙いの1つらしい。
 実際にソ連など閉鎖的な社会が崩壊したのは主として米主導の世界的陰謀のせいだと主張している。

 さらに映像は次のように指摘する。
 ソ連崩壊は冷戦終結の始まりだったのではなく、実際は冷戦終結がソ連崩壊を招いた。
 ソ連帝国の存続には冷戦と冷戦が生んだ閉鎖的で抑圧的で、軍事的で被害妄想的な体制が不可欠だった。
 その体制の土台が欧米との接触で徐々に弱体化し、政府が世論を抑え切れなくなったとき、帝国全体が崩壊した。
 その轍(てつ)を踏まないよう中国共産党は中国社会の隅々まで掌握し続けなければならない......。

 これが党内の主導権争いの一端ではなく党の公式な結論だとしたら、方針転換の波紋は広範囲に及ぶだろう。
 アメリカをはじめ欧米の主要国との関係はもとより、台湾などとの関係にも影響する可能性がある。

 台湾は中国の手本といわれることが多く、両国の交流拡大が中国の民主化に拍車を掛けると期待されている。
 しかし中国が台湾の民主主義とオープンな社会を欧米式で中国を弱体化させる陰謀の一環と見なし、リベラルな生活を破壊すべきだと結論する可能性もある(既に破壊し始めているという指摘もある)。

 中国は最近まで、アメリカがいつまでも冷戦的思考に縛られていることに何より不満を訴えていた。
 封じ込めはよくない、アメリカが中国に門戸を開きさえすれば米中関係は発展するだろう、と。

 その中国が今度は一転して、アメリカとの交流は中国をむしばみ中国の存在自体を脅かすと警鐘を鳴らしている。
 親米か反米か。相いれない2つの道のどちらを中国は選ぶのだろうか。




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